エントリーNo.25 Kakiさん Tozeur トズール

Bonjour !第4回アンサンブル選手権~大好きな、私の街~
フランス語圏の中でみなさんの大好きな街を写真と文字で綴っていただきます!

1.HN Kaki さんによるご投稿です。
街は【Tozeur トズール】です

2.お勧めの理由(エピソードなど)
私のお気に入りのフランス語圏(Francophonie)の都市として、チュニジア(Tunisie)のトズール(Tozeur)をご紹介します。

トズールはチュニジアの南部、サハラ砂漠の北端にあるオアシス都市です。私は、1988年6月に、トズールに行きました。

観光旅行ではなく、仕事の旅行です。私は当時、講談社の雑誌『ホットドッグ・プレス』のライターをしており、同誌がローマとチュニジアの紹介というこの雑誌らしからぬ企画を立て、その取材をするライターとして私に白羽の矢が立ったわけです。(後日、判明したところによると、1人に断られ、もう1人は持病が心配、ということでやっと3人目として私にお声がかかったようです・・・)

総勢5人で、ローマ1週間、チュニジア1週間というような配分で行きました。(バブル期だからこその豪華な取材旅行です)メンバー全員初めてのイスラム圏ということでかなり盛り上がり、なぜか映画『アラビアのロレンス』を観たりして、まだ見ぬイスラムの国に思いを馳せていました。

実際に行ってみると、そのエキゾチックな魅力に頭がくらくらするほどでした。私は、魅力に取りつかれるあまり、取材そっちのけで買い物に夢中になり、顰蹙を買いました。・山田五郎さんごめんなさい。

チュニス、カルタゴ、ハマメット、カイルアン、スース、イル・ド・ジェルバなどチュニジアの代表的な観光地はほとんど回りましたが、その中でも魅力的だったのが、砂漠の中のオアシス都市トズールです。サハラ(サハラとは砂漠の意です)の中に、こんなに人がたくさんいる町があるなんて!と本当に驚きました。

また、この町にはちょっと変な動物園もあり、それも魅力のひとつだと思います。

私はこの旅行で、チュニジアが大好きになりました。しかし、あまりにも遠いので、なかなか自費で行く機会はなく、年月が過ぎていきました。当時、ベン・アリがブルギバを追い出して、大統領の座についたばかりでした。あれから26年、そのベン・アリもチュニジアの大統領ではないとは、時の流れを感じます。

チュニジアはまだまだ政治状況が不安定なので、すぐに行く勇気はありませんが、またあのときのような安全な国(イスラム圏への入門には最適の国と言われていました)になったら、ぜひとも行ってみたいものです。ナツメヤシやオリーブやクスクス、オッジャ、ショルバ、ブリックを食べたい!(クスクス以下は料理名です)。

では、写真の説明をしましょう。


「砂漠の向こうにラクダとラクダ使いが見える写真」
トズール近くのサハラです。これぞ砂漠です! 現地の人が運転する4WDの
車で行きましたが、その慣れている人の運転でもスタックしそうになりました。
当然、ラクダには乗りましたとも。


「4人の子供たちが立っている写真」
トズールのオアシスの中を馬車でめぐったときの写真です。
ナツメヤシの森あり、住宅地ありで、住宅地ではなぜか子供をよく見ました。
みんなかわいいです。


「男がライオンを撫でている写真」
上記の「変な動物園」の写真です。ライオンを撫でている男は私です。
老齢のライオンで、寝ているから大丈夫と言われ、メンバー全員触りました。
決して死んでいるのではありません。もし薬で眠らされているとかだったら、
今であれば怒りますが、当時はそんなことまで考えませんでした。
事故もなくてよかったです。何かあったら、現・山田五郎さんが責任を取らされ、
大変なことになっていたと思います。何もなくて本当によかった!


「男が首に蛇をかけている写真」
男は私です。蛇を首にかけてあげようという変な動物園です。
蛇はひんやりとしていました。


「ラクダが瓶入りジュースを飲んでいる写真」
当然、トズールの変な動物園です。これもラクダの健康を考えるとどうか、
と今は思いますが、当時は考えませんでした。近年、チュニジアを旅行した
らしき人がジュースを飲むラクダの写真をインターネットにアップしたりしていますが、
たぶんラクダの代は変わっていると思います。


「プールの写真」
実はこれはトズールではなく、同じくオアシス都市「ネフタ」のホテルのプールの写真です。
砂漠の中にプールがあるというその贅沢さを知ってほしくて載せました。
男5人、プールサイドに寝そべって、私が持っていったイザベル・アンテナの
カセットテープを聞きましたが、「本当にたまらん!」というぐらいのエキゾチックさでした。

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「自動車の写真」
これもトズールとは関係なく、こういう車で旅をしましたよ、ということで載せました。
(たぶん、イル・ド・ジェルバに行くフェリー上の写真です)
車はNISSAN(ニサン)、フロントグラス右上に「Hot-Dog Press」のステッカーが!
ガイドはクマイエス、運転手は君だ、じゃなかったカメルでした。

 
「白い家の写真2枚」
これもたぶんトズールではなく、またほとんど蛇足ですが、チュニジアに行って、
「白い家がいいなあ」と思ったので、ご紹介です。チュニジアに限りませんが、
地中海沿岸には白い家(おそらく白い漆喰で塗り固めている)がたくさんありますよね。
本当に美しいです。旅行中、いつかライターの仕事をやめて田舎(大分県)に帰り、
こんな家を建てたい、と思いましたが、建てないまま今に至ります。

3.個人ブログやHP,Facebookの紹介(任意)
ツィッター @lebonusage です。日本語とフランス語で呟いています。

4.アンサンブルへ一言、お願い致します!
スカイプを利用した英会話レッスンがあるのだから、フランス語のレッスンもあるはずだと思い、Ensemble en francais さんと出会いました。今、マイページを見ると、始めたのは2012年11月。

最初はタラタラと自分が好きな本を読んで、講師に発音を直してもらったりしていましたが、これじゃいかん、何か目標を持たねば! とDELFかDALFを受けることにし、講師と相談の結果、DALF C1を受けることにしました。

これが2013年の3月初め。同年の5月、6月のDALF C1を受け、受からないだろうと思っていたら、受かりました。点数は、ちょっとぎりぎりに近かったですが・・・。

C2はどうしようかと思っていましたが、今年の4月になってやはりC2を受けようと思って、講師に相談し、最初はそれなりにそれ向きのレッスンをお願いしていましたが、途中でC2のことをあまり意識しなくなり、好きなことをレッスンしてもらっていたら、案の定今年の春のC2は落ちました。10点くらい足りませんでした。

昔からフランス語が好きで、フランス語学校に行っていない間も、できるだけフランス語の本を読んだりしていましたが、今は、人生でこれほどフランス語に触れている時間はなかった、というくらい、フランス語漬けの毎日です。それもこれもEnsemble en francais さんと出会ったおかげです。

Kaki様、ありがとうございます!今とは違い、当時にチュニジアを訪れた日本人は少なかったのではないでしょうか。かなり興味深く当時のチュニジアの様子を拝見いたしました。まさしく「エキゾチック」ですね!(おそらく今訪れるよりも更に)大変貴重なご投稿を、ありがとうございました。

 

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